インドのエネルギー政策:ロシア産原油とその複雑な背景
インドのエネルギー政策は、ロシアとアメリカという二大勢力の狭間で揺れ動いています。今年8月に開始されたアメリカのインド製品への50%の関税、そしてドナルド・トランプ元大統領による「ナレンドラ・モディ首相がロシア産原油の購入を短期間で終了することに同意した」という発言は、国際的な緊張を一層高めています。
しかし、インド政府はトランプ氏の発言を否定し、「エネルギー政策はインド国内の消費者利益を最優先にしている」と強調しました。一方で、ロシア側も慎重な姿勢を見せ、デリー駐在のデニス・アリポフ大使は「ロシアの原油はインド経済と国民の福利にとって非常に有益である」と述べています。この状況下で、インドがどのようにしてエネルギー政策を調整しているのか注目が集まっています。
ロシア産原油の重要性
2024年、インドはロシア産原油に約527億ドルを費やし、輸入原油の37%を占めました。これはイラクやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など、他の主要供給国を上回る割合です。ロシアからの輸入量が急増した背景には、ウクライナ戦争後にロシアが提供した割引価格が影響しています。2022-23年には平均14.1%、2023-24年には10.4%の割引があり、インドは年間約50億ドルを節約しました。
この割引価格は、インドの精製業者にとって非常に魅力的でした。その結果、インドのロシア産原油輸入量は2021-22年の400万トンから2024-25年には8700万トン以上に急増しています。
エネルギー供給構造の変化
インドのエネルギー供給構造はここ数年で大きく変化しました。
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イラン・ベネズエラからの輸入停止
2018-19年から2021-22年にかけて、インドはイランとベネズエラからの原油輸入を段階的に停止しました。両国への厳しい制裁が原因で、インドは従来の供給国であるイラク、サウジアラビア、UAEに依存する形となりました。この時点で、イランとベネズエラが占めていた17%のシェアは完全に消失したのです。 -
ロシアの台頭
ウクライナ戦争を契機に、ロシア産原油が急速にシェアを拡大しました。その結果、湾岸諸国(イラク、サウジアラビア、UAE)のシェアは11ポイント減少しましたが、実際の輸入量は横ばいでした。一方、アメリカ、ブラジル、クウェート、メキシコ、ナイジェリア、オマーンといった国々からの輸入は半減し、これらの供給国の市場はロシアに奪われる形となりました。
アメリカとの関係
インドはロシア産原油だけでなく、アメリカからも石油製品を輸入しています。2024年には、アメリカからの石油輸入額は77億ドルに達しましたが、そのうち48億ドルは原油でした。それでも、インドの石油貿易収支はアメリカに対して32億ドルの赤字となっています。
インドの選択肢
インドは、エネルギー政策において複雑なバランスを保つ必要があります。一方でロシア産原油の割引価格は経済的なメリットをもたらしていますが、他方でアメリカや西側諸国からの政治的圧力は増大しています。インドがどのようにこのバランスを維持し、消費者の利益を守りながらエネルギー供給を確保するのか、今後の動向が注目されます。
インドのエネルギー政策は、単なる経済的選択ではなく、地政学的な駆け引きの重要な要素となっています。ロシア、アメリカ、湾岸諸国、その他の供給国との関係を慎重に管理しながら、インドがどのようにその未来を描いていくのか、世界がその一挙手一投足を見守っています。